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風邪の療養で1日臥せっていました。

朝の検温が36.8度。
咳は出るは、くしゃみは出るは、喉はヒューヒューいっているは、胸は苦しい。

朝のルーティーンだけはなんとか済ませ、床に入りました。

部屋にこもりっきり。
テレビを見るくらいしかやる事なし。
でも、朝のモーニングショーが終わってしまえば見るものもなし。

何かBD-Rレコーダーに面白そうな見逃しているソフトはないかとコントローラーをいじっていたら、
「ドキュメント全国高校駅伝 思いを込めたタスキをつなぐ」という番組にできくわしました。
女子で連覇を狙った仙台育英、2年ぶりの優勝を狙った神村学園を追いかけていた番組ですが、監督や選手の目論見は外れておしいところで優勝を逃してしまうのですが、駅伝に賭ける高校生アスリートの懸命さが胸を突きました。人間って、あそこまで純粋になれるのか、と驚きました。
長い間、高校サッカーを取材してきたスポーツ三昧です。その辺りの心の機微は分かっているはずでしたが、駅伝に賭ける彼女たちの心意気には感動すら覚えました。 
勉強させてもらいました。

もう一つ、「アナザーストーリー」という番組の特別篇で「平尾誠二×山中伸弥』のドキュメントが俊逸でした。
iPS細胞を発見、ノーベル賞の生物化学賞を受賞した山中教授は、多忙のためすべての取材を断っていたのに、唯一「平尾誠二」との対談だけは受けたというのです。
実は、山中教授は、高校まで柔道をやっていたのですが、伏見工で全国優勝した同年齢の平尾に憧れ、大学からラグビーを始めたというのです。その憧れの人との対談だけは断れず、依頼を受けたのです。
それ以来、二人は意気投合。食事をしたりゴルフをしたり。家族ぐるみの付き合いになったそうです。
そんな時、平尾が病魔に襲われます。家族と山中以外には内緒にしていたのですが、胆管癌のステージ4。山中教授は、その頃最先端の免疫療法を平尾に薦めます。
余命3ヶ月と言われた平尾でしたが、闘病13ヶ月。毎月1回のラグビー協会の理事会にも出席。2019年に日本で開催されるW杯成功のため尽力します。
しかし、病魔は容赦なくやってきます。最後まで生きる希望を諦めなかった平尾もついに旅立ちます。
二人の固い友情、闘病生活、平尾の息子さんの話、知らない話ばかりでした。
二人を引き合わせたのは、おそらく岡村さんという知り合いのカメラマンさんだと思います。私も2002年に出版された鄭夢準「日本人に伝えたい」(日経BP社刊)という本でライターの仕事でご一緒したことがある恩人です。平尾選手と山中教授を会わせて対談させたら面白い、という発想、企画の着眼点は岡村さん独特のものであると思います。最近、お会いしていませんが、放送中に少しだけ画面に登場されていました。お元気そうで何よりです。

平尾選手は、彼が同志社の学生時代によく取材しました。
ちょうど講談社のスポーツシリーズで当時、同志社大ラグビー部の監督を務められていた岡仁詩先生の「ラグビーの技術と戦術」という書籍の企画編集を担当しており、大学選手権3連覇をした頃の同志社大ラグビー部をよく訪問し、平尾選手にもモデルをやってもらっていたのです。
車山の夏合宿にもお邪魔し、楽しい夜(?)を過ごしたものです。彼らは合宿所を抜け出し、OBが経営するペンションに遊びに来ていたのですが、そこで大八木さんやら土屋さんらと楽しいひと時を過ごしました。
翌朝6時からの朝練の取材に半分酔っ払って取材に行くと、
「お、大丈夫ですか。無理せんでもええのに」と声をかけてくれたのが平尾さんでした。

社会人になってからは、あまりお付き合いがありませんでしたが、平尾さんは私にとっても眩しい存在でした。
機会があれば、山中教授も取材したいところですが、なかなか難しいでしょうね。

風邪で頭が朦朧としている中で、良質なドキュメンタリーを見ることができました。

今日の東京都の新規感染者は353人。愛知県は50人。なかなか減りませんね。

そんなスポーツ三昧でした。

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