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雨の月曜日。マジカルミステリーツアー幻の慶應新田グラウンドを探訪。

前日来の雨は、弱まることなく降り続いています。
気温も低く寒い。

そんな日に、大学時代からの旧友・ムラセさんとマジカルツアーに出かけました。
大正15年から昭和10年まで池上電気鉄道(現在の東急池上線)に「慶大グラウンド前」という駅が存在していたそうです。
慶應義塾のグラウンドは、そもそも三田綱町にありました。何年か前に、そのグラウンドもムラセさんと言っています、その後、武蔵新田にグラウンドは移り、最終的には現在の横浜市日吉に移るわけです。その10年余り、存在したグラウンドの現在を見に行こうというのが今日の探訪の趣旨です。

天気が良ければ、吉祥寺まで自転車で行き、井の頭線で渋谷へ、東急東横線で自由が丘に出て、旗の台、千鳥町(現在、慶大グラウンド前は存在せず、千鳥町になっている)と向かうところでしたが、雨が酷いので東伏見から高田馬場、五反田を経由して千鳥町へ向かうという平凡なルートで千鳥町へ向かいました。

12時、現地でムラセさんと合流、現在の地図と番地で歩いてみましたが、まったく普通の住宅地。グラウンドの痕跡どころか、石碑一つもありません。
野球のグラウンド(伝統の早慶戦が1度だけ行われたそうです)、競争部(陸上競技部)のトラック&フィールド、そして蹴球部(慶應の場合ラグビー部のこと。サッカー部はソッカー部という)のグラウンドがあったそうです。むかし「慶應蹴球部60年史」を読んだとき、「新田グラウンド」という記述が確かにありました。
ムラセさん曰く、
「旧グラウンドの敷地内にある唯一のレストランでランチを食べましょう」ということになり、インド料理屋で久々のカレーを食べました。ナンとかバターライスとか、医者に止められている物を食べた罪悪感と満足感が入り交じり、なかなかのランチでした。やはり身体に悪いものは美味しい!

池上電鉄とライバル関係にあった目黒蒲田電鉄(現東急目蒲線)の「武蔵新田」の駅から帰ってきました。
あまりにも早く探訪が終わってしまったので多摩川の駅で下車し多摩川せせらぎ公園から田園調布の駅まで散策。駅前のスタバでお茶して帰ってきました。

今度は、いずこにいくのか?

そんなスポーツ三昧でした。

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