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昨日の小牧山サイクリングのダメージは大きく、1日中自宅で自粛休養。

今日も良いお天気。
しかし。日本晴れはそんなに長続きしないようで、お昼から雲が増えてきました。
明らかに天気はくだり坂です。

昨日の往復5時間以上のサイクリング、そして平山城・小牧城の登山のダメージは大きかったようです。
若い時は、多少無理をしても一晩寝れば回復したのに、最近では無理をすると次の日が全く役に立ちません。
今日は、岐阜城に登城し、「秀吉スタンプラリー」と「信長四城御城印ラリー」にスタンプをもらいに行こうかと思っていたのですが、とても登城は無理。
それと、今日10月21日は、関ヶ原の合戦が行われた日で、420年目にあたります。
後で知ったのですが、今日から関ヶ原の歴史博物館がオープンしたそうですが、一般の入場は明日からで、しかも新型コロナの影響で前もって予約していかないと入館できないようです。

そんなわけで、今日は明後日のことを考えて、1日自粛しました。

暇に任せてBR-Dレコーダに録り溜めてあった番組を見たのですが、『ニッポン各駅早周り(2016年)が面白かった。
JR最南端の西大山駅から最北端の稚内駅まで、俳優の宍戸開と元AKB48の倉持明日香が各駅停車 で旅をするという番組でした。
途中、何人かのゲストが旅に参加するのですが、概ね二人で普通列車を始発から終電まで乗り継ぎ、何日間でいけるかという、全く馬鹿馬鹿しい酔狂の極致の番組でした。
経路は、鹿児島本線から山陽本線に入り、湖西線で敦賀に出て日本海側を北上。北海道新幹線を一駅だけ利用して函館へ。長万部から石狩本線で小樽経由札幌へ。そこから旭川を経て宗谷本線で稚内へ。
突中、4泊(糸崎、村上、函館、旭川)するのですが、ほとんど宿に居るのは数時間。倉持は、
「お化粧落として、すぐお化粧するような感じ」と語っていました。
食事は、駅弁が主ですが、中にはコンビニ弁当だけという時もあったようです(一度、青森県内で食堂に入って宍戸開はホタテ定食、倉持はラーメンを食べていました)。
つい先日、GoToで岡山近辺を旅しましたが、糸崎とか湖西線の風景は見てきたばかりだったので、懐かしかったです。また、姫路〜京都はラッシュ時に当たり撮影NG。スマホの映像でごまかしていましたが、同じ時間帯に私も乗ったので、これまた嬉しかった。
ちょっと稚内に着いた後、いきなり終了だったのが残念。北方領土に行く連絡線乗り場後とか紹介すれば、もっと良い番組になったと思います。
私は西大山には行ったことがないし、特攻の基地・知覧にも行きたいので、来年の夏にやってみようかな、と思いました。5日で最南端から最北端に行けるなら、「青春18きっぷ」(12050円)で十分です。
もう、その時にはGoToはやっていないけど、安い宿(シルバー割とか)を探せば、十分に可能です。
また、ミッションができました。

夕方、アオキスーパーに買い物に。お昼ご飯は食欲なく残してしまいましたが、なんとか夕飯は完食しました。

そんなスポーツ三昧でした。

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小牧山までサイクリング、小牧城に登る。

久しぶりの日本晴れ、秋らしい空の高い1日でした。

今日も特に予定なし。
あまりの天気の良さに、どこかに出かけたくなり、どうせ出かけるなら「秀吉スタンプラリー」を続行することにしました。
一番近場といえば小牧山。よし、小牧山城に行ってみよう。
お天気も良いから、自転車で行ってみるか。
地図で調べると、わが町から名鉄犬山線に沿って岩倉まで行き、そこから小牧山を目指して東に一直線。距離にして約20km。普通なら片道1時間半ほどの距離です。

12時、自転車で出発。
途中、わが町唯一の老舗ラーメン店の寿がき屋に寄り特製ラーメンを注文。が、いつも入っているはずの卵が入っていない。どうやら同じ時間帯に注文が来たチャーシューメンと間違えたらしい。特製ラーメンは50円高いので、一応クレームをつけると50円返してくれました。
まあ、注文したものところが出てこないというのは気分が悪いし、これから行くサイクリングの幸先が悪い。

予感は的中。下小田井、中小田井、上小田井、西春、徳重までは順調でしたが、大山寺の手前から名鉄から離れてしまい、どうやら道に迷ったらしい。
昔は、小牧山の周りに高い建物がなく、どこからでもお城が見えたのに、最近は高層建築が多くなってお城が見えない。
すっかり道に迷ってしまいました。
特に「工業団地」というところに入り込んでしまい、まるで迷路のような道を右往左往。小牧市にこれほど大きな工場が密集しているとは思いもよりませんでした。
「あれ、この道さっき走ったぞ」なんて感じです。
困り始めた時に、高い場所に上がって呆然としていると、近所に住んでいる方が、
「どうしたんですか?」と声をかけてくれました。
「お城はどの方向ですか?と聞くと、
「あの山のが木に隠れていて見えませんが、あちらです。市役所の側ですよ」と親切に教えてくれました。

再び気を取り直して走り出すと、市街地に入り「二の堀北」みたいな城下町の町名が出てきました。
しばらく走り名鉄の小牧の駅に。確かこの近いです。
ようやく小山の上に天守閣が見えました。時計を見ると4時すこし前。
自転車を麓において平山城を登ります。
葛折りを短い距離ながら急勾配を登っていきます。
織田信長が初めて作事した城ですが、石垣を始めて効果的に使った城と聞いていましたが、あまり見られなかったのは意外でした。
4時15分、天守閣に到着。金100円を払って入場しますが、
「4時30分に閉館です」と釘を刺されました。こういう施設は、4時30分までに入れば5時までいて良いところが多いのですが、ここは早じまいのようです。

まず、「秀吉スタンプラリー」「信長四城お城印ラリー」「続日本100名城」のスタンプを押しました。まあ、これで閉館されても思い残すことはない。
ここも長浜城と同じで「小牧市歴史館」という扱い。1966年に再建された鉄筋コンクリート、3層4階の建物です。古代から小牧市で発掘された土器や石器に始まり、小牧長久手の戦いに至るまで、詳しく展示されていましたが、時間がなく15分ほどでサーッと見学。4階の最上階まで登りました。さすがに尾張平野に孤立した独立峰の頂上に位置する天守閣。眺めは最高でした。

係りの人に急かされ、天守閣を出て、山を降りました。
5時に枇杷島に向けて自転車を漕ぎだします。
夕陽が綺麗でしたが、秋の日は釣瓶落ちし。真っ暗になってしみました。
往路の轍は踏まず、岩倉に出て名鉄犬山線を名古屋方面に走ります。五条川と新川越えが難関です。
スタート地点のヤマナカについたのは7時すぎ。買い物を済ませ、帰宅しました。

往路は3時間、復路は2時間。合計5時間のサイクリング。
疲れました。

そんなスポーツ三昧でした。

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新しい週が始まりましたが、お天気も悪く不要不急のの外出を避け自粛しておりました。

今週はアクティブに行こうかと思っていたのですが、お天気が悪い。

月曜日は、休館になる施設も多いので、最近劇的に変わっている名古屋の中心部に行ってみようかとも思っていたのですが、残念ながら雨が降ったり止んだり。
基本的に、自転車で動こうと思っていたので気持ちが萎えました。

したがって、自宅でネットサーフィンをしたり、BD-Rレコーダーの溜まっていたソフトを視聴したり。

ちょうど東邦ガスの人が来訪して、ガスメーター取り替え作業に来たので在宅していて良かったです。
こういうことは、けっこう大切です。

夕方、近所のアオキスーパーに買い物に行ったくらい。
気温も低く最高気温が14.4度。12月中旬の気候。
冬も近い感じがします。

動きが止まっていたアイスホッケーもアジアリーグの日本国内チーム(今年は横浜に新しいチームが出できた)だけでリーグ戦を開始。関東大学リーグも規模縮小ながら、なんとか開幕にこぎつけました(初日に早稲田から新型コロナの陽性者が出て延期になったのは痛いですが)。
私も来週末からアイスホッケーの取材を再開したいと思っています。

風邪をひいても大変なので、早めに夕食を済ませ、早めに床に就いたスポーツ三昧でした。

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サッカーJFLヴィアティン三重vs.東京武蔵野シティFC戦を取材。

雨は未明には上がり、ビューティフル・サンデーになりました。

いつものように「サンデーLive」「サンデーモーニング」をハシゴ視聴。
並行して朝のルーティーンを済ませます。

今日は、三重県員弁郡東員町にある朝日ガスエナジー東員スタジアムで行われるサッカーJFL第24節を取材します。キックオフが1時なので、逆算して10時には家を出ました。

アオキスーパーで弁当を買い込み、自転車はアオキスーパーの駐輪場にデポ。近くのJR枇杷島駅から東員スタジアムに向かいます。
枇杷島10:21⇨10:25名古屋10:37⇨10:57桑名。名古屋からは関西本線の快速しまに乗車。ディーゼルカーです。
桑名駅を一旦出て、徒歩2分のところにある西桑名駅へ。ここから私鉄の三岐鉄道北勢線のお世話になります。単線非電化のワンマンディーゼルカー。西桑名を出てから関西線の上を跨線橋で渡り、住宅の密集地帯の間を時速20〜30kmでノロノロと走ります。線路間の幅が1mのナローゲージー。路面電車のような線路の上を普通のディーゼルカーが走っている感じ。車内が狭くて、ちょいと不安定。
やがて、景色が広がり大穀倉地帯に。西桑名から20分ほどで東員に到着。
駅からスタジアムの生き方がわからず、どうしようかと思っていたら、東員は大きな駅で駅員さんがいました。スタジアムまでの行き方を聞くと、親切にも詳細な地図をコピーして手渡してくれました。この地図が無ければ、絶対にスタジアムにはたどり着けなかったでしょう。ありがとう、東員の駅員さん。

駅前は見事なコスモス畑。結構、観光客が来ています。
駅からまっすぐ南に下り、図書館と総合体育館の間の坂道を下り右折、細い道を行くと中部公園の駐車場に行き渡ります。そこを左折して公園内に。左手にフィールドアスレティック。ここにも子供連れの行楽客がたくさん。公園内の橋を渡り、まっすぐ南に行けば正面にスポーツ公園陸上競技場が。
ここの競技場は、来年の三重とこわか国体のサッカー会場になっています。
事前に申請をしておいたので雨報道受付はスムース。ただ、希望しておいた試合後の東京武蔵野シティの池上監督のインタビューは、ノーグッド。アウェーだから仕方がないか。
記者室は、4階にりました。いわゆる金魚鉢のようなガラス張りの部屋。備え付けの机、電源など着ていました。JFLにしてはまずまず。記者は私一人。他にゲストのような人がいました。
お茶と水のペットボトル、茶菓の用意が嬉しいです。

さて、今期のJFLは前期15試合が新型コロナの影響で中止。16節から始まる1階戦総当たりのラウンドロビンで順位を争っています。東京武蔵野シティは、二強のソニー仙台に2-0で勝ち、Honda FCにはアウェーで引き分け、上々の立ち上がりを見せました。池上監督も、
「うちはJリーグ昇格の夢がなくなったので、なんとか優勝戦線に最後まで残り選手のモチベーションをつなぎたかった」と語っていましたが、選手の中から新型コロナ陽性者が出たため試合が延期になり、ここのところ天皇杯も3回戦まで勝ち上がっていることもあり、水曜日と週末に試合が続く強行日程になっており、引き分け、敗戦が続き、勝点が伸びておりません。勝点9の12位に沈んでいます。
ヴィアティン三重も勝点8の14位とやや不調ですが、J3ライセンスを保持し、シーズン途中にもかかわらず東京武蔵野シティから池田直樹を補強するなど、上位を狙っています。これまで東京武蔵野に2分け4敗と分が悪いのですが、そろそろホームで勝ちたいところ。
順位が近い実力接近の試合。両チームとも負けられない試合でした。

ヴィアティン三重の先発は、GK森(市立船橋)。DF池田(麻布大渕野辺)、大竹(流経大柏)、奥村(鹿児島実)、野垣内(津工)。MF森主(清水ユース)、望月(野洲)のダブルボランチ、右翼が平信(日大藤沢)、左翼が塩谷(磐田U-18)。FW古川(JEF千葉U-18)、佐藤(四日市西)。中盤ボックスの4:4:2の布陣です。(カッコ内)はユース年代の所属先。
対する東京武蔵野シティFCのスターティングラインアップは、GK児玉(東京ヴェルディユース)。DF小野寺(修徳)、金守(四日市中央工)、高(尚志)、小口(川崎U-18)。NF岩田(川崎U-8)、差波(青森山田)のダブルボランチ、右翼が佐々木(福岡U-18)、左翼が鈴木(武南)、トップ下が石原(市立船橋)。FW澤野(横浜創英)。4:2:3:1の布陣です。
この試合からアウェーチームのサポーターも入場が許されています。
午後1時ちょうど、宇治原拓也レフェリーの笛で三重がキックオフ、試合が始まります。

続く

{結果]
ヴィアティン三重 3-0 東京武蔵シティFC(前半2-0)


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激しい雨の1日。家から1歩も出ず自宅で休養。

夜半から強い雨が降っていました。

雨がわたしを眠らせる。

2泊3日、今月2回目の「秋の乗り放題きっぷ」を利用してのGoToトラベルはハードでした。
各停しか乗れないんで、どうしても朝一から活動しなければなりません。

関東大学アイスホッケーリーグは、今日が開幕日。Div.ⅠBグループから順次試合が行われていきますが、名古屋にいるので取材はできず。
また今日は、サッカーJFLのマルヤス岡崎vs.鈴鹿ポイントゲッターズの試合が名古屋港サッカー場であったのですが、すっかり取材申請するのを忘れていました。
それに、この雨ではピッチが良くてもJFLのレベルでは、なかなか良いサッカーを展開するのが難しい。
取材するのは諦めました(2-1でマルヤス岡崎が逆転勝ちしたようです)。

特にやることもなし。
先週10月10日に平壌で行われた朝鮮労働党創立75周年記念軍事パレードを見ていなかったのでYouTubu
でフルバージョンで見てみました。
私は北朝鮮のシンパでもなく、戦争は嫌いだし、軍事にもそれほど興味はありませんが、北朝鮮のことは気になります。
パレードの会場は、金日成広場。1995年に平壌を訪問した際、この現場に行ったことがあります。
2時間16分12秒の長編でしたが、全編を鑑賞しました。
私は、朝鮮語を解さないので金正恩さんの長い挨拶は分かりませんでした(字幕は無し)。

最初に朝鮮人民軍の行進があり、途中にドローンを使った空軍のパフォーマンスもありました。
金正恩さんが最高指導者になってから8回目の式典だそうですが、金与正氏のアイデアで、式典は真夜中の0時に始まりました。おそらく理由は、マンネリ化の打破。暗い時にパレードを行い、音と光のページェントにしたかったのだろう、と言われています。花火ありレーザー光線あり、さぞかし平壌市民も驚いたでしょう。
最後に、戦車など軍事車両のパレード。注目の11車軸のトラックに乗せられたICBMも道々の行進。ハリボテとしてもなかなかの迫力でした。

それにしても、広大な金日成広場とはいえ軍人が1万人、市民と合わせて10万人が参加した式典。小池都知事が見たら「密です」と目を丸くするような混雑ぶり。誰もマスクはしていない。
この国にはコロナ患者が一人もいないと言われ地ますが、武漢の旧正月の食事会どころではない。感染が広まったら医療崩壊は確実です。
ともかく、この国はよく分からない国です。

雨は、夜までやみませんでした。
夜、東京都アイスホッケー連盟のHPをチェックしたら、明日の関東大学リーグ戦第3試合、日本vs.早稲田戦が中止になっていた。最近、日大の運動部に新型コロナのクラスターが発生しているので、そのためかと思いきや、早稲田のアイスホッケー部に陽性患者が出たようです。早稲田の合宿所は我が街・東伏見にあります。来週の金曜日には帰る予定ですが、怖いですね。帰りたくない。

今日は1歩も外に出ず、家に篭ったスポーツ三昧でした。

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GoTo 3日目、敦賀金ヶ崎を再訪。長浜城に寄って帰名する。

何と早朝4時に起床。
検温、血圧測定だけして身支度をし旅具を整えるだけでホテルを5時前にチェックアウト。
早朝の鳥取は肌寒い。

まだ駅構内のセブンイレブンは空いておらず、ホテルとは反対側のローソンへ行って朝食を買い込む。
始発の5:18発の智頭行きは、すでに4番ホームに入線していました。
早速乗り込み、朝食を胃袋に詰め込み、朝の投薬。

何故にこんなに早く起きて旅を続けるのか?
鳥取から「秀吉スタンプラリー」の再訪の地・敦賀金ヶ崎に行きたかったのですが、Yahooの乗り物検索で本当は日本海沿いに敦賀を目指すと時間がかかってしまう。早くても午後1時過ぎになってしまうのです。
一番早く行けるのは、智頭急行を使って山陽線の上郡に出て、姫路から湖西線経由の敦賀行きに乗車すれば11時には敦賀に着けます。
敦賀金ヶ崎の他にもう一箇所スタンプを押したかったので、この時間、方法になってしまいました。

智頭に着く5時58分頃、ようやく空が白々と明けてきました。うっすらと線路沿いに川が流れているのが見えてきました。智頭線も川沿いに走っていたことがわかります。
6時9分発の智頭急行線に乗車。この第3セクター線は、秋の乗り放題きっぷの対象外。上郡まで1320円を支払わなければなりません。ところが、この智頭線。まるでスイスの山岳鉄道のように景色が良い。これはお得な旅でした。
時間的に高校生の通学利用が多い。
単線非電化の路線ですが、時刻は正確。7時22分に上郡着。
すでに姫路方面行きの野洲行き快速が入線していたが、料金の支払いに手間取り、乗り換えホームの移動が複雑で大急ぎで走ります。跨線橋を越えて発車時間が過ぎた電車を指差し、
「姫路に行きますか?」と駅員さんに聞いたら、
「行きますよ。急いでください」と言われました。私が乗車したら電車のドアが閉まりました。
この電車に乗らないと敦賀に11時には着けません。
上郡7:27⇨7:59姫路8:10⇨11:15敦賀。長い編成の後方は近江塩津止まり。前4両だけ敦賀行きで、それに乗れて座れたので一安心。通勤通学で超満員の神戸ー大阪ー京都は寝込んでいました。

9月19日から1泊2日で妹の一家と敦賀に来たのですが、車で来たので敦賀駅は初めて。
全く様子がわかりません。とりあえずナップザックをコインロッカーに預け(300円だったのが嬉しい)、観光案内所で「金ヶ崎に行きたいのですが?」と聞くと、「3番のりばから11時30分発の観光周遊バスが出ますからそれに乗って」と言われました。時計を見たら出発の2分前。走りました。

金ヶ崎には、9月20日に来ていて頂上まで登っているので社務所にあるスタンプを押すのは造作もない。
ここは織田信長が朝倉攻めの際、妹の婿で同盟を結んでいた浅井義政の裏切りに遭い、挟み撃ちにあった際、羽柴秀吉と明智光秀が殿を勤めて九死に一生を得た場所です。
一応、神社にお参りして山を下り、ランプ小屋を覗いて金ヶ崎緑地へ。
9月20日にはリニュアル中だった 「人道の港 敦賀ムゼウム」(敦賀港に到着したポーランド孤児やユダヤ難民の人々を紹介する)のは、 11月3日からの再開とか。今回も見られず。残念。

緑地の反対側にある敦賀鉄道資料館(旧敦賀港駅舎)を訪問しました。こちらは開館中。
新型コロナ対策で、手指の消毒、体温測定、氏名・電話番号の届け出はありましたが入場は無料。
敦賀は明治38年にシベリア鉄道が開通すると、ウラジオストックまで定期航路ができ、それに伴いヨーロッパへの日本側の玄関口になりました。そこで新橋から敦賀港の駅まで国際連絡列車が運行されるようになり一躍国際舞台に登場します。航空機が発達した現代では考えられません。
私も長崎〜上海、下関〜釜山などの国際航路があったことは知っていましたが、敦賀〜ウラジオストックという航路は知りませんでした。
国際連盟の脱退を宣言した松岡外相も、与謝野鉄幹を追ってパリに向かった与謝野晶子も敦賀から旅立ったとは思いませんでした。晶子が旅立った時は平塚らいてうら500人もの人が見送ったと言われています。8人の子供を残して夫を追った晶子。その舞台になったのも、ここ敦賀港駅でした。
小洒落た洋館は2階に貴重な資料も多く、鉄ちゃんは必ず足を運ぶべき。往時の敦賀港のジオラマが圧巻です。
コロナで一躍有名になったダイヤモンドプリンセスが入港することで有名な敦賀港。現在は海上保安庁の船とか、フェリー、火力発電所に石炭を運ぶ貨物船くらいしか見受けられませんが、太平洋戦争までは国際航路が全盛だったのです。
そのロマンに酔ったスポーツ三昧でした。

時間の関係で今日の敦賀観光はここまで。バスで敦賀駅に戻ります。
7-11でお弁当を買い、14:23発の電車で近江塩津に移動。ここでJR史上最悪不便な乗り換え。
15:07発の北陸線電車で長浜へ。
駅から正面に見える長浜城へ。

駅舎から道一つ隔てたお城のある公園を歩いていると軽トラに乗ったおじさんがやってきて、
「公園は歩くな」だって。「?」。
長浜城は、天下取り・豊臣秀吉が最初に城主になったお城として知られていますが、長浜市の歴史博物館という建物で、もちろん再興天守閣(本物の天守閣跡は近くにある)であるし、「日本百名城」にもなっていません。
入場料は410円。手指の消毒、体温測定、入館届けを記入して入場。内部の展示物は充実しているし、秀吉と長浜の関係も詳しく知ることができます。
最上階から見る琵琶湖の景色は、昨日の松江城から見た宍道湖の景色に勝るとも劣らない。
現在、日本300名城を選んでいる最中だと聞きましたが、新しい100名城には入るのでは、とも思います。
私は、長浜城は3回目くらいの訪問ですし、秀吉スタンプラリーのスタンプをゲットできた(少しインクが薄い)ので、それだけで満足。あと残りは8箇所です。

長浜16:57発の米原行きで帰路につきます。
一応の目的を達成したので睡魔が襲ってきました。
米原17:33⇨大垣18:11⇨(大垣行きの電車が突然に豊橋行きの快速になった)尾張一宮18:39⇨の各停に乗り換えて枇杷島に帰ってきました。最後の3駅はラッシュ時ということで座れず。

駐輪場で300円支払い自転車をピックアップ。
アオキスーパーで買い物を済ませて7時すぎに帰宅。
早めに夕食を済ませ、早めに床に就いたスポーツ三昧でした。

やれやれ、GoToを安くやろうと思うとハードな旅になってしまいます。
少し疲れました。
<了>

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念願の鳥取城を訪問。そのあと松江まで足を伸ばし松江城に登閣する。

7時起床。今日も良いお天気。
朝食は、昨夜買っておいたヨーグルトと牛乳だけ。投薬11錠を流し込み8時30分にホテルを出ました。

とりあえず駅の観光案内に行き、鳥取城への行き方を聞きました。
バスの料金は、なんと100円。観光客というよりは、地元のお年寄りが使っているという感じです。
鳥取は、ともかく街を歩いている人が少ない。ただし車は多い。車の運転ができない老人がバスを気軽に利用している感じです。
鳥取市に来たのは、1985年のわかとり国体の開会式の取材に来た時以来です。市内のはずれにある皆生温泉に一泊、鳥取砂丘の観光には行きましたが、市内は布施運動公園にしか行っていません。
そのあとサッカー競技は米子市で行われたので、そちらに移ってしまい鳥取に滞在したのは1泊2日のみ。それ以来の鳥取です(そのあと鳥取でインターハイもあったのですが、その際もサッカーは米子での開催で鳥取市には来ていません)。
街中に石破さんのポスターがいっぱい貼ってありました。ここは石破さんのホームでした。
駅から10分ほどで「仁風閣・県立博物館」に到着。

バス停を降り、大手門ともいうべくお堀の橋を渡ると左手に博物館、右手に仁風閣と言う洋館がある。まず立派な西洋式庭園を持つ仁風閣へ。ここは大正天皇が皇太子時代に山陰地方を訪れた際、池田の殿様が皇太子と同妃殿下の宿泊先に建設したという立派な洋館。
65歳以上は入館料が無料というので、ありがたく恩恵にあずかることに。多分、生まれて初めての体験だと思います。2014年のFIFAブラジル大会のおり、サンパウロは60歳以上が公共交通料金が無料でしたが、その時はその恩恵には敢えて預かりませんでした。だから今回が史上初めての体験です。
ちょうど日本初のマラソン大会(大阪〜神戸間)に優勝した当地出身の綾木長之助の展示会をやっていて興味深かった。1912年のストックホルム・オリンピックに金栗四三と出場する予定であったが、事情により辞退したとあった。この人のことは詳しく知らなかったので、来てみてよかったと思いました。
どこかの小学生が熱心にメモを取りながら館内を回っていました。たまには教室を飛び出し、こういう授業もいいな、と思ったような次第。
秀吉スタンプラリーのスタンプは、県立博物館の方に置いてあるという。百名城のスタンプを手帳に押して、10時前には仁風閣を後にしました。

裏庭からお城に抜ける階段があり、そこを登って二の丸へ。下から見て天守台と思っていたのは、二の丸櫓の後らしい。本当の天守閣は、もう一つ上の山城の上にあるようでした。二の丸櫓の石垣も立派。鳥取市内が一望の下に眺められる。
本丸にも登ろうとしたのですが「クマに注意」という看板が大きく出ており、時間の関係もあり登乗は諦めました。次の機会に(?)。
唯一の現存する門をくぐって、県立博物館へ。

県立博物館に入館しないとスタンプは押せないようだったので、170円払って入館。こちらは70歳以上が無料、と言われ恩恵にはあずかれません。
でも、コインロッカーは無料だったし、秀吉スタンプラリーのスタンプも押せたので、まあ満足。なんといっても博物館の展示の充実ぶりがすごかった。恐竜の化石から弥生時代の出土品、それに鳥取城の歴史まで詳しく展示してありました。もう少し時間があったらじっくり見られたんだろうが、後の予定もありすっ飛ばしたような感じでした。
少し充実した気分で再び「仁風閣・県立博物館」バス停に。途中に「ふるさと」の作曲者が当地の出身でボタンを押すと様々な歌手が「ふるさと」を歌うという趣向のモニュメント。一曲聴きながらバスを待ちます。
11時30分過ぎに鳥取駅に帰ってきました。すると急に空腹を覚え、駅中のレストランで昼食を摂りました、そういえば朝ごはんをまともに食べていませんでした。
がっちり食べて、12時16分発の米子行きの列車に乗車。

山陰線の旅は、さらに西に進みます。
ワンマンディーゼルカーでローカル色は一層深まります。昔(1985年当時)は、ディーゼル機関車DD51が客車を引いていて、単線のために優等列車に抜かれる時は、スイッチバック式の待避線に入ったような記憶がありますが、もうそんなことはないようです。
単線とはいえ、対向列車とのすれ違いがあるため、ダイヤは正確に守らねばなりません。運航には複線よりも難しい面もありますが、見事な運営でした。伯耆大山も見事に雄姿を表していました。
14:08分米子着。地上にホームがある古いタイプの駅ですが、鳥取駅とは違い自動改札機がありました。新幹線で岡山と直結しているためでしょうか。
米子には、1985年の国体と、1995年の高校総体サッカー競技取材できていて、何日も滞在したのですが、隔世の感です。
14:39分米子発。15:09には島根県の県庁所在地に着きました。
松江に来たのは、1982年のくにびき国体以来。この時も報道員会議と開会式しか取材していません。サッカーは県西の益田で実施されたので、そちらに移動してしまいました。開会式で”暁の超特急”(確か川本信正先生の命名だと記憶しています)と言われた吉岡隆徳さんがエキシビジョンで小学生と走ったのを記憶しています。2004年の島根高校総体の際は、松江には滞在していないと思います。これまた鳥取県と同じような事情です。
駅の観光案内所で、「お城に行きたいのですが?」と尋ねると係りの女性が後ろの時計を睨んで、
「4時30分までに行かないと入館できませんので急いでください」と言って、2番か3番のバスに乗って県庁前まで行ってくださいと言われました。

バス代は片道200円。出雲大社や宍道湖を控えた松江は、観光都市として鳥取とはワンランク上の都会でした。バスには老人の姿は少なく、観光客が多い。
10分ほどで県庁前に到着。小山の上に松江城が見えます。その前に大きな岸清一の銅像が。ここが彼の出身地なのです。
修学旅行生が来ていました。コロナの影響は薄れつつあります。
松江城は、地元出身者の努力で、多くの施設が現存しています。もちろん、天守閣は現存12城の一つ。1982年の国体取材の際は、お城と小泉八雲の旧居は訪問しました。今回は時間の関係でお城だけです。

15分ほどで平山城を登入り本丸に。まずはチケットを700円で購入。体温測定、入館者シートに記入し手指の消毒をすると靴を持って入るビニール袋を1枚くれました。天守閣の入り口で靴を脱いで城に入ります。
中には展示物は多くはありません。昔の天守閣を、なるべくそのまま残そうというポリシーです。大黒柱とか、板張りで補強した柱などが、簡単な解説と共に照明を浴びています。感じとしては姫路城天守閣に近い。
松江城は、小規模天守閣だと思い込んでしましたが、それは大きな記憶違い。床面識では姫路城に、高さでは姫路城、松本城に次ぐ規模だそうです。4層5階、付櫓がついた立派な天守閣です。
階段は、なかなかにきつい。若いうちに登った方が良い国宝です。名古屋城のようにエレベータをつけろ、つけないで揉めるような事はありません。向井sのままです。
最上階に上がってみるとさすがに感動。現存天守閣には珍しく外廊がついていて眺めは抜群。宍道湖、伯耆大山、出雲地方が手にとるようです。日暮れも近かったので5時ギリギリまで粘りましたが、夕日には少し早かったようです。
私が本丸を出ると、門がギィ〜と閉められました。

再びバスで駅に帰ろうかと思ったのですが、駅方面に行く県庁のバス停がない。少し歩いて観光客が乗るようなバスで駅へ。行きは200円、帰りは220円。なんで?
帰りは、20:46発の快速スパーライナー鳥取行きに乗ると決めていたので7時までドトールで暇つぶし。タブレットを出して「英雄の選択」など見ておりました。
店員さんから「7時で閉店です」と告げられました。まあ、東京じゃあ考えられないですけど、ここは松江です。
まだ時間がある。夕食を食べることにしました。
やはり、ここは出雲そばです。多々良というお店に入り、天ぷらせいろを食しました。さすがにそばは美味い。しじみ丼も食べたかったですが、ご飯ものがおしまいというのが残念でした。

こうして時間を潰してもまだ1時間弱あります。待合室で「たけしのアンビリバボー」を見ていると、日本パラスポーツの父、中村さんの特集をやっていた。目頭を熱くしながら見ていたような次第。

20時46分発の列車は、予定より15分以上遅れて23時すぎに鳥取着。駅のセブンイレブンは、文字通り午後11時に閉まってしまいます。明日の朝食、今日の夜食を買おうと思ったのですが、何も買えずホテルに帰ります。
明日は、なぜか敦賀(秀吉スタンプラリーで日本海側の目的地は敦賀しか残っていない)です。始発の5時18分に旅をスタートしなければなりません。
2泊3日のGoToは時間の余裕なし。

そんなスポーツ三昧でした。
<了>

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福知山城に登閣、その足で鳥取にGoToする。

なぜか旅立ちの日は朝が早い。

5時起床。
昨夜は代表のサッカーの試合が終わったのが1時過ぎ。あまり眠られませんでした。
朝のルーティーンだけ済ませ、旅具を整え、6時前に自転車で家を出発。
JR枇杷島駅の駐輪場に自転車をデポ。1日駐輪代は100円の安さです。

6時14分発の大垣行き各停に乗り、旅をスタートさせました。
今日の目的地は鳥取市。
何故にあなたは鳥取に? と問われると上手く答えられません。
まあ、現在進行中の「秀吉スタンプラリー」に鳥取城が含まれていたから、としか答えようがありません。
一昨日、妹と会食した時、
「元気に一人で歩きまわれるのも、あと10年。ならば今のうちに行きたいところに行ってみれば」と妹にも薦められました。
この新型コロナ渦でフリーランスのスポーツジャーナリストは開店休業状態。
「お仕事は?」と人から聞かれれば、中田英寿じゃないが、
「旅人です」と答えるしかない。
秋の乗り放題きっぷを使い、GoToトラベルキャンペーンで安いホテルを探して鳥取に行くことにしました。途中、4月9日に福知山まで行ったのに新型コロナの影響で当日から閉館になり登閣できなかった福知山城に寄って、鳥取に行こうと思いついた次第。
どうしても鳥取ではなかったのです。

大垣6:52⇨7:27米原7:29⇨8:29京都⇨8:42⇨9:27園部9:49⇨までは予定通り。そのまま福知山まで乗っていれば11:03には福知山に着いたものの、寝ぼけて10:52に綾部で降りてしまいました。ここで1時間ロス。ローカル線はこれが怖い。そのまま乗っていれば11:03に福知山に着いたものの12:04到着になってしまいました。
コインロッカーにPCなど入れたザックを預けようとしたのですが、小銭がない。重い荷物を持ってバスに乗りました。
10分ほどでお城の下のバス停に。重い荷物を持ちえっちらおっちら歩きます。

城下の入場券売り場で氏名、居住地、電話番号を記入して提出。手指の消毒、体温測定、マスク着用が義務付けられています。入館料は、光秀ミュージアムと混みで700円。
まず、ミュージアムから鑑賞。2階は岐阜の「麒麟がくる展」と同じようなNHK大河ドラマを絡めた光秀の展示。ここは光秀が居城したわけではないですが、随分と光秀が善政を敷いたようでリスペクトされているようです。
1階は地元の日本画家の個展が開かれていました。
そして平山城の坂を登ります。4月9日に登城した際は、天守閣前で涙を飲んで引き返した天守閣。リベンジの行き高く登ったのですが、簡単に入れて拍子抜け。スリッパまで貸してくれました。
中は興味ふかい展示物が多かったのですが、やや照明が暗いのが残念。
4層4階の天守は、復興天守閣ですが、なかなか良い出来。最上階からの景色は素晴らしいですが、私は山陰線がお城の横を通過した時に見た天守閣の方に感激しました。
30分ほどで城を後にしました。15時10分発の列車に乗らないと鳥取に着けません。

福知山の駅に14:15分頃着。少し時間があったので駅内にある餃子の王将で昼食を摂りました。
福知山からはディーゼルカー。
福知山15:10⇨16:20豊岡17:00⇨18:11浜坂18:16⇨19:03鳥取。
山陰線の沿線は、典型的な日本の原風景。前の首相が語っていた「美しいニッポン」である。
時折垣間見える日本海は美しいはずだが、すでに日没していて窓外は漆黒の闇が続くばかりだった。
久しぶりに日本海路にきましたが、やはりここは美しい。
列車は、ちょうど高校生の帰宅時に当たっていましたが、やたら女子高校生が目立ちます。というか若い人が少なくて、通学の高校生がいなかったらガラガラでした。

鳥取の街も出歩く人が少ない。駅周辺もお店が少ない。
今朝は早かったし、今日は夕食に出歩くのはよして、駅中にあったセブンイレブンで夕食や缶ビールを買い込み、ホテルの部屋のみにしました。
駅から歩いて5分ほどのところにあるホテルに投宿。
GoToで1泊3000円しないホテル代は良いですが、身分証明書を見せろと五月蝿い。
私はマイナンバーカードも免許証も持ち合わせておらず、パスポートだけで押し通そうとしましたが、なかなかフロントマンは納得してくれなかった。なんとかAJPSカードを見せたら納得してくれました。
あまり普段AJPSカードは役に立たないのですが、珍しく役に立ちました。

食事を済ませ、少しメールの確認をしてベッドに入ったスポーツ三昧でした。
<了>

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清洲城を再訪、夜はサッカー日本代表vs.コートジボワール戦をTV観戦。

8度目の母の命日の日。
午前中は、朝のルーティーンえを済ませ、お灯明を上げお線香を焚き、まったり過ごしました。

お昼ご飯を食べた後、わが町のランドマークタワー・清洲城に行くことにしました。
現在、私が生きる一つのモチベーションになっている「秀吉ゆかりの地スタンプラリー」のスタンプを押すためです。
清洲城は7月1日に訪問したばかり。ただ外壁のリニュアル工事中で、浅場が組まれお城の外観がよく見られませんでした。
今日、スタンプを押すためだけではなく、きれいになった清洲城を見に行くのも目的の一つでした。

自転車で約20分。五条川沿いにある清洲城天守閣に到着。
ここも住所、氏名、電話番号を届けて手指を消毒、マスク着用で体温を計測。スリッパは無し。まあ、床はきれいに掃除が行き届いています。
内部には、いろいろ展示物もあるのですが、入館料300円にしては充実した内容です。
三層四階建ての頂上階に立つと、周りに高い建物がないせい母、なかなかの濃尾平野の眺めが見えます。新幹線と東海道本線が脇を走っているのでよくご覧になれると思います。東京から行くと名古屋を出てすぐ右側に見えます。
小一時間滞在して天守閣を後にしました。もちろん、帰り際にしっかりスタンプを押してきました。これで残り11になりました。
清洲城でもう一つ「信長四城御城印ラリー」というのがありまして、清洲、小牧山、岐阜、安土の四城でスタンプを押すラリー。そうせ残り三城は「秀吉ラリー」で行くので、こちらもチャレンジすることにしました。

旧国道22号線で帰路につきます。
途中キリンビールの名古屋工場の脇を通るのですが、ここの工場見学も10月1日に再開していますが、なかなか再訪する機会がありません。

アオキスーパーで買い物を済ませ、5時15分頃帰宅。JR枇杷島駅に寄って、明日から使用する「秋の乗り放題きっぷ」を購入。

夕食後、今日は早く寝ないで頑張ってサッカー国際試合、日本代表vs.コートジボワール代表をCBC(TBS系)でTV観戦。
コートジボワールは、何度か対戦していますが、日本は分が悪い。身体能力に優れており、ほとんどの選手がヨーロッパのネイもんクラブでプレーしています。コンディションも良く、欧州組だけの日本代表よりパフォーマンスが高い。
期待の久保くんが先発したのですが、今日もゴールはならず。今回のシリーズも鳴かず飛ばずでした。
お互いに何度かチャンスはあったのですが、生かせずスコアレスドローのまま試合は終わるかと思われたのですが、森保監督は運が強い。最後にDFの選手を交代せる必要もなかったのですが、呼んだ以上は全員使うということで植田を後半45分に投入。そして最初のワンプレーが柴崎のフリーキック。ファーに位置した植田がうまく相手DFの後ろから前に顔を出しヘディングシュート。物の見事に決まり1-0でサヨナラ勝ち。これが今年始めての日本代表のゴールであり、初勝利につながりました。
本当に、ポイチは運が良い。
これで、監督責任論は消えますからね。何度も言いますが、本当に運が良い。

そこまで見て、ベッドに入りました。
明日から2泊3日のGoToです。西へ旅します。

そんなスポーツ三昧でした。

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久しぶりにブロンコビリーで妹と会食。GoToトラベルがトラブルになっているようです。

新しい週が始まりました。

この季節になると、実家のリビングに朝日がスーッと入ってきます。
冬は暖かいのですが、まだ暑さを感じます。

午前中、名古屋の北区に在住の妹から電話があり、今日わが町唯一のファミレスのブロンコビリーで会食することになりました。

11時頃、妹が来訪。
少し滞在しただけで車でブロンコビリーへ。ランチタイムで混みだす前に店内に。
久しぶりに外食を楽しみました。
話題はもっぱら来月に予定している恵那峡ハイキング。日帰りのバスツアーです。
そして10月1日に復活したキリンビールの工場見学ツアー。
どちらも日程は確定していません。

1時すぎに近くのアオキスーパーに移って買い物。
帰りにJR枇杷島駅によってもらいました。
明日から旅行で使う「秋の乗り放題きっぷ」を購入しようとしたのですが、駅の窓口が閉まっていました。この駅は1日に3回ほど、繁忙期でも窓口が閉まる節日な駅です。
JR東海は、6両編成の列車にトイレが付いていなかったり、今でも不思議な事が多い。
客商売なのに働き方改革ですか?

2時前に帰宅。
ワイドショーでは、10月1日から東京発着の旅も解禁になったGoToトラベルの話題。
一部の旅行会社が1人上限2万4000円の割引額を3500円にしたとか、お一人様1回に限るなんて制限をかけているらしい。
これではGoToトラブルですよ。
そもそも東京都の住民だけがGoToを使えないというのも一種の憲法違反。いくら新型コロナが流行しているとはいえ、東京都民だけ恩恵を受けられないのは法の下の平等ではない。
そして、一度にGoToを予約する人が増えて予算がない、という理由で上限を下げるのは反則ですよ。
聞けば国から旅行業者に、まだ一度も資金が回っていないというめちゃくちゃな話もある。
この国のお役人は、一体何を考えてやろうとしているのか。思いつきだけで企画だけ先行しているとしか思えない。きちんと予算をつけて政策を実行しないとダメです。
何か太平洋戦争の帝国陸海軍と変わっていないんじゃないか。
全く「がっかり」させられることが多いです。

そんなことを考えていたスポーツ三昧でした。

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